【宿泊営業】会社のいろんな上司がいたことや、突発的なハプニングで、自分自身を精神的にも成長させることができる経験でありました。

【宿泊営業】会社のいろんな上司がいたことや、突発的なハプニングで、自分自身を精神的にも成長させることができる経験でありました。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
45歳

【当時の職業】
訪日、一般の宿泊営業

【当時の住まい】
シングルマザーということもあり、市営団地に私と実母、息子の三人暮らしでした。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今は退職し主婦





【就職のきっかけと経緯】
きっかけとしては、会社の規模が大きかったのでしっかりしている会社であると思い、正社員を希望して入社しました。
しかし、ハローワークの求人情報では記載なかったのですが、はじめの6か月間は試用期間ということでスタートしました。

【環境と仕事内容】
私のすべき仕事内容は、一般的に宴会の団体を取ってくることや、旅行代理店からの宿泊客の打ち合わせや旅行代理店との料金の交渉、海外のお客様の斡旋、営業、英語での通訳などでした。
施設は、以前旅館だったところを働いていた会社が買収をして、改築していたので、客室はリノベーションされていたので
綺麗でした。
宿泊可能なお部屋数は少なく、23室
職員の人数は、アルバイトを合わせると40名弱でした。
休日は、小さな息子がいたので希望休をもらっていたので、主に土・日は休ませてもらっていましたが、団体客がはいっているときは、平日に休みを変更してもらいました。
給与は20万円
寮は、若い板前さんが数人いたのと、グループ会社であったので、忙しいときは他の宿泊先よりヘルプに来ることがあったので
アパートを寮として契約していました。

【大変だった時期】
最初から契約の期間、営業以外の仕事が主になっていました。
例えば、宿泊施設内の清掃や食事場所の片付けなどの時間に追われ営業で外出する時間が取れない状況でした。
業務以外の仕事が多かったです。




【大変だったこと】
ブラック企業でした。
出勤をしてタイムカードを切るのですが、手書きで行う別の出勤状況表を作成していたので、なぜ二重に書く必要があるのかと思っていたら、それは二重帳簿でした。
労働監督所より指導も入っていましたが、人事部長より直々に、残業時間がなかったように記載するように指導されていました。
また、上司の横領が発覚。
その横領を把握していただけに、総支配人に相談するも、なかなか現状を追及することがなく、従業員の間では相当な不満が出ていました。
営業である自分の仕事はおろか、アルバイトが辞めてしまうことを措置するために、その相談役に回るなど、自分の実務以外の仕事が多すぎました。
アルバイトが足りない場合は、その穴埋めをやることが多く労働時間は
過剰でした。

【大変だった期間】
たまに今の副支配人に連絡をとりますが、今もあまり状況は変わらないそうです。




【当時の心境】
仕事に行くことは、社長が沖縄からきているときは車の運転手をしなくてはいけないので、苦痛に感じていました。
それは、社内で「君は、僕の事が好きか?」などと意味の分からない質問をされることがあったことや、社長の夕食などに付き合うことが多くなることが嫌でしたね。
しかし、海外出張をして東南アジアの旅行会社にプロモーションの営業に行くのは楽しかったです。
アルバイトの人も老若男女いたので、いつも楽しく仕事をしていました。
仕事を初めて、この会社にはついていけないと思ったのはこんな理由があります。
入社当初ですが、私と一緒に入社した女性が霊感が強いということで、館内には悪い霊がいるのでお祓いを必要としていると社長や総支配人に話をしたんです。
それから、一時期、オバケ騒動があったわけです。
私としては、業務に支障があることばかりでした。

【職場が大変だった原因】
正直に言って、会社の体質だと思います。
従業員は、ベンチャー企業からくるような方が多かったことや、多くのスタッフは若い方が多かったので、旅館の基本的なことを知らなかったり、接客以外のことでクレームが多かったです。




【仕事で良かったこと】
団体営業をする際に、自分でチラシの作成や企画をすることも楽しかったです。
そのチラシを持って地元の企業や行政関係に営業に行くといろんな方と知り合いになって、個人的に親しくしてもらうことも良くありました。
また、営業で取ってきたお客さんの喜ぶ顔や声を直接聞けることには達成感がありました。
また、それがやりがいになっていました。




【特にひどかった最悪の出来事】
やはり、副支配人の横領が一番最悪な思い出ですね。
総支配人は常に宿泊施設に滞在していることがないので、お金の管理は主に副支配人が最後に金庫に確認をしていれる、翌日のおつりを残して、それ以外は、銀行に預けることをしていたのですが、いつしか、フロントの担当より「おつりがないんです。
どうしたらいいでしょうか」
と何度か相談がありました。
「なんでそのようなことが発生するの」と問いかけると、「副支配人がお金を持って行っていつもおつりがないのです」と答えました。
当然、副支配人は私の上司になるのですが、営業として発言は許されていたので、直接、副支配人に事情を聞き出すと、「金庫より、先日、借りていたんだよ」と平然と言われました。
その後も、その問題は解決されず、このままだと総支配人に報告する旨を伝えるとレジの問題は解消されました。
しかし、それ以外にも支払いを必要とされているものが支払われておらず、水道代金の請求書が届き、警告をされるようになりました。
本社がそれを察知し、それ以外にも横領していたことが発覚しました。
私と同じ時期に入社してきた副支配人は、即解雇となりました。




【相談した人・助けてくれた人】
相談したのは、上司の中でもきちんと何が正しいのか判断してくれる方がいましたので、何かあるときには、その方に相談していました。
また、改善が必要であると思うことを告げると、会議で掛け合って頂き、助けていただきました。
契約期間が6か月ということもあり、その後は正社員になるテストがあるのですが、私の場合、既にやめることを決意していました。
そんな時、その上司は「自分の部下として、他の支店の営業をしてみないか」と声をかけてくれました。
また、同僚の人たちが辞めるときに口々に「あなたがいなくなると、今後、どうなるのだろう」「これだけ、みんなに慕われているのに去るのですか」と言われた言葉には、自分が辞めていいのかと、何度も問いかけた言葉でした。

【改善のための行動】
売上が悪く、働いていた宿泊施設は手放すかという話も上がっていましたが、海外のお客さま対象に地元のお祭りのお囃子をステージで何回か披露し、顧客誘致の企画をしました。
お囃子のリーダー話をつけ、地域活性の手助けに
協力してほしいと頭を下げにいきました。
すると、訪日宿泊客の売り上げアップとなりました。




【現在の状況と心境の変化】
それから、4年は経ちました。
自分のスキルアップのために社会人大学生となり、違う職種の資格を取得しました。
旅行業は衰退指定今のご時世だったので、辞めたことは正解だったと思います。
以前は、シングルマザーでしたが、再婚をして現在は、旦那の赴任先に引っ越しをしました。
渡米前に働いていた会社は、全く異なった職種を選びました。

【学んだこと】
人の上に立つ人間は、自分自身が常に平常心で誠実に行動することが必要であると学びました。
仲間の信用を得るためには、嫌な仕事も率先してやることだと思いました。



【当時の自分へのアドバイス】
当時の自分へ、あの時はよくやったと思います。
まずは朝から夜の12時近くまで働いていました。
アルバイトが居ないといって、人が足りないときも、嫌だったけど、困っているなら何とかしないといけないと率先してやってきました。
いまだに、その当時の一緒に働いていた人とやりとりがあります。
悪い事をして会社を解雇された上司がいたこともあり、誠実に生きる事の重要性を肌で知ることができました。
世の中にはいろんな人間がいる。
自分で、ひたすら何かを一生懸命することで運命は切り開ける。
自分で選択して道を進もう。