【ホテルウーマン】昔気質な役員たちに翻弄される日々から解放されたと思ったら、さらなる地獄が待っていた話

【ホテルウーマン】昔気質な役員たちに翻弄される日々から解放されたと思ったら、さらなる地獄が待っていた話

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
27歳

【当時の職業】
ホテルのサービスウーマン

【当時の住まい】
都心のベッドタウンにある実家で両親と同居していました。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
学生時代にアルバイトをしていたホテルで、就活の時期に正社員採用の話があり、そのままお世話になることにしました。

【環境と仕事内容】
従業員200人ほどの会社で、東京の中ではいわゆる老舗と言われる部類に入るホテルでした。
お客様はホテルやレストランの雰囲気を楽しみにいらっしゃる品の良い方ばかりで、社員たちも歴史ある建物に愛着を持って働いていました。
私は宴会部に所属する下っ端社員で、宴会場で行われるパーティや結婚披露宴での給仕が主な仕事でした。

【大変だった時期】
新卒で入社してからずっと大変でしたが、特に大変だったのは入社4年目。




【大変だったこと】
老舗の上質なホテルとして、名前が一人歩きしていましたが、実際には常に中途採用を募集しているような人手不足の会社で、手取りも低く、新入社員は定着せず、入社後数年でほとんどが転職してしまうような有様でした。
また、会社の上層部には昔気質なベテランが多く、部下の挨拶の仕方が気に食わなかったからと、厨房の隅で蹴りを入れたり、地下の人通りの少ない通路で長々と怒鳴り散らしたりと、かなり気の短い役員もいました。
また別の役員は、一見優しそうに見えて、若くて容姿の良い女性社員にだけお土産などのプレゼントを渡したりと、分かりやすく贔屓をする始末。
可愛い社員はセクハラの恐怖に怯え、更には他の女性社員の士気まで下げる、ただただ迷惑な行為でした。
他にも、食器をつけ洗いする用のシンクで、歯を磨き口をすすいで、洗い場担当の社員を困らせる役員や、たまに宴席の現場に出てきたかと思えば、全く的外れな指摘をして、理不尽に部下を怒る役員もいました。
今思えば個性豊かで笑えるラインナップですが、当時は毎日落ち込んだりイライラしたり苦しくなったりと、かなり精神衛生に悪い日々を過ごしていました。

【大変だった期間】
アルバイトとして働いていた期間は、会社の表面的な部分にしか触れずに楽しく過ごしていましたが、社員として採用されてからの4年ほどは心身ともにかなり疲弊しました。




【当時の心境】
HSPの確定診断は受けていませんが、私はかなり感受性の強いタイプで、他の人が怒られたり蹴られたりする現場を目撃するのが、本当に苦しかったです。
近くで怒鳴り声を聞いただけで勝手に涙が出てくるほど、私自身のメンタルが追い詰められたときもありました。
また、役員に対して、その場で指摘したり反論したりできない自分に対して腹が立つという悪循環にも陥っていました。

【職場が大変だった原因】
会社の上層部の昔気質な考え方がどのようにして構築されていったのか、激動の時代を知らない平成生まれの私には想像もつきません。
ただ、上層部の力が強く、下の社員たちから「労働組合」「ろの字」が出ることも許さない雰囲気が会社にあったのは確かです。




【仕事で良かったこと】
幸いなことに私が所属していた宴会部の上司たちは良い人ばかりで、役員に対する不満という共通意識もあってか、強いチームワークで仲良く仕事をしていました。
また、ホテルの名前が一人歩きしているおかげもあって、いらっしゃるお客様は質の高い方ばかりで、私たち接客係にも丁寧に声をかけてくださったり、満面の笑みでお礼を言ってくださったりと、お客様と接している時間はとても気持ちよく仕事ができました。
役員へのストレスで心がすり減っているときに、お客様の「ありがとう」に何度も救われました。




【特にひどかった最悪の出来事】
会社上層部への不満を抱きながらも、お客様と接することで得られるやりがいや、部署内のメンバーと仕事をしているときの楽しさを励みにして、なんとか働き続けて3年。
社長が変わって上層部が新体制になるという転機が訪れました。
昔気質な役員たちが総入れ替わりし、これで少しは風通しの良い職場に変わるのではないかと社員誰もが期待をしました。
しかし、我々の期待はもろくも崩れ去り、仕事自体のやりがいや楽しさすら感じられないような環境になってしまったのです。
それまでは、良くも悪くも古い体質のホテルだったので、社員の自主性に任せ、最低限の接客方法やテーブルセッティングなど決まった形式がある部分以外は、社員それぞれの効率の良いやり方でスムーズに仕事が進められれば良いという方針でした。
それが、新体制になってからは、バックヤードでの準備も宴席中の立ち振る舞いも細かく指示を出されるようになってしまい、仕事中の自由度が著しく制限されてしまったのです。
近年、マニュアルでがんじがらめの接客業は珍しくもありませんから、時代の流れとしては自然な改革ではあったのかもしれませんが、いくつも仕事の覚え直しをさせられ、アルバイト時代から今まで培ってきた自分のスキルはなんだったのかと、強い虚無感を覚えました。
さらには、大好きだった宴会部の上司までもが、新体制の上層部と接するうちに、人が変わったように厳しく冷徹になり、アルバイトのミスをカバーするどころか、社員数人で責め立てたり、「あれはするな」「これはしなくていい」など、部下を信頼してくれなくなってしまいました。
上層部の駒として、ただ決められた動きをするだけの日々。
お客様からの「ありがとう」だけでは救いが足りず、日々ストレスが蓄積していきました。




【相談した人・助けてくれた人】
同じ部署の数年先輩の若手社員と日々会社への愚痴を吐き合っていました。
冷徹になってしまった上司に対しても「きっと新体制のやり方に戸惑っているだけだよ」「今のやり方に慣れればきっと元に戻るよ」などとポジティブに考え、励まし合っていました。

【改善のための行動】
会社が新体制になってから、どうにか今の働き方にやりがいを見出そうと頑張ってみましたが、チームワークのかけらもない宴会部でこれ以上働き続けたら、それまでお世話になった直属の上司まで嫌いになってしまうと思い、退職することにしました。




【現在の状況と心境の変化】
会社を辞めてから数年、それ以来接客の仕事にはついていません。
なかなかハードな前職場でしたが、宴会部の仕事自体は楽しく、質の高いお客様と接する時間はとても心地が良かったので、なんだかんだ良い思い出として残っています。
会社が新体制になってから、長く粘ることなく見切りをつけて退職したのも、宴会部の上司を嫌いにならずに済んだので、今となってはいい判断だったと思います。
自主性を尊重してくれる環境が私には合っていたので、他のホテルや飲食店で同じような働き方が出来るかというと、自分に合う接客の仕事を再び見つけることは難しいと感じたので、今は別業種で働いています。

【学んだこと】
接客業という職業は、お客様から感謝されることで毎日やりがいが得られるため、会社への不満が頭の中でごまかされてしまうというデメリットがあると感じました。
確かに、お客様からの「ありがとう」は大切な心の糧ですが、会社へのストレスでパンクしそうな自分の心の声にも耳を傾け、早めに環境を変えるなどの対処をするべきだなと感じました。



【当時の自分へのアドバイス】
いくら仕事が楽しくても、接客にやりがいを感じていても、会社に対して不満があれば、それは少しずつでも心に蓄積されていって、いつしか心を蝕んでしまいます。
心の苦痛は目に見えず、我慢しようと思えば我慢できてしまうので、ついつい対処を後回しにしがちですが、放置せずになるべく早めに行動して、心身の健康を守ってほしいです。